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2010年9月

2010年9月26日 (日)

川村妙慶さん

キエフでの川村妙慶さんのお話を聞きました。

夏にあった、ビヤガーデンでの催しがずいぶん盛況だったようで、そういうご挨拶が飛び交っていましたが、(私は参加していないので、楽しかったんだろうな・・・と想像していました)最初から和やかな雰囲気でした。

お食事もおいしくいただきました。

妙慶さんのお話は、ブログであまり詳しく書くのは差し障りがあるかもしれないので、簡単に。

「悟る」というのは「差(を)取る」こと。人と比べないこと。という風にまとめておきましょうか。

詳しくは妙慶さんのお話を聞いてくださいね。

数冊新著を持っておいでということで、最後の一冊を購入したようです。

詳しくは読んでからと言うことで。

2010年9月25日 (土)

川村妙慶さんの新著

こんな時 親鸞さんなら、こう答える」~思い込みを捨てる48のヒント  教育評論社より

正善寺にも法話のご縁をいただいた川村妙慶さんの新著が出るそうです。(妙慶さんのブログより)
「親鸞聖人ならきっとこう応えられるだろう」と真宗聖典をひもときながらおかきになったとか。

妙慶さんのお話は、いろいろなエピソード満載で、アナウンサーというお話のプロらしく、惹きつけられるお話なのですが、ご法話の魅力は、きちんと親鸞聖人をはじめとする真宗の教えの裏付けを持っておられるところです。

真宗聖典を携えながらお話の内容を考えておられることがよく分かります。

ご紹介のお聖教の言葉によって、私自身に問い直し、問い返しが出来る。

すばらしいことだと思います。

ご本を手に取るのが楽しみです。

本日、京都へ川村妙慶さんのお話を聞きに参ります。

『悟るということ』レストランでのご法話ですが、妙慶さんはちゃんと僧衣でのお出ましです。

尼講の報告

今回の尼講では、亡くなった門徒総代の奥様が出席され、お供物を供えていただきました。

正信偈の後、阿弥陀経を唱和。

ご法話は、内容的にはご本山のものとほぼ同じですが、亡くなった方のことに触れたり、阿弥陀経のことに触れたりと幾分プラスのお話が付け加わりました。

2010年9月23日 (木)

本山での法話

御親教の後、隣寺の報恩講もあるということで、少し短めのお話。

ブログにも書いた「道」と「オネガイダカラ スグキテオクレヨ」を話題にお彼岸だから、

仏さまの国(お浄土=彼岸)に思いをいたしましょうという感じで話をさせていただいた。

ご法話をさせていただくというのは、自分自身の受け取りの再確認をするという意味でも有り難いことです。

皆様と一緒に「南無阿弥陀仏」

お彼岸の中日

今日はお彼岸のお中日ですね。

皆さん、どうぞ仏さまに手を合わせてください。

彼岸とは此岸に対する言葉。

此岸とはこの世界のことですね。

彼岸はかの岸。つまり仏さまの国お浄土です。

太陽が真西に沈むこの日を西方浄土を思う日としているようですね。

正善寺の阿弥陀様は、外陣から向かうと西の方にいらっしゃいます。

ご本尊に手を合わせて、西方浄土に思いをいたしていただけると嬉しいですね。

2010年9月22日 (水)

尼講

明日9月23日はお彼岸のお中日です。

正善寺では、それにあわせて尼講を行います。

尼講

9月23日(木 秋分の日)午後7時より

正信偈のお勤め・住職の法話・お茶とお菓子でおしゃべり

新しい方のご参加も歓迎いたします。

2010年9月21日 (火)

歎異抄

夕方お参りしたおうちで、「歎異抄」のことが話題にのぼった。

学生時代に「歎異抄」をお読みになったということで、悪人正機の話や父母の孝養や

蓮如上人の奥書のことなど、話が広がった。

「歎異抄」については、法話で取り上げることも多いのだが、自分自身この本を充分理解しているのかとの問い直しの場ともなった。

御同朋・御同行とよくいうけれども、まさしくお念仏のもとの御同朋・御同行であるなぁと改めて感じた次第。

2010年9月20日 (月)

「道」

此の道を行けば どうなるのかと
危ぶむなかれ 危ぶめば 道はなし
ふみ出せば その一足が 道となる
その一足が 道である
わからなくても 歩いて行け

行けば わかるよ

清沢哲夫著『無常断章』(1966年初版/法蔵館 発行:現在絶版)

この言葉、アントニオ猪木が引退の時、リングで読み上げた詩のもとなのだそうだ。(少し文句は違っていて、猪木は一休禅師の言葉としているそうです。)

いろいろな所で取り上げられているらしいのは、アントニオ猪木が紹介したためのようですが、清沢哲夫さんは清沢満之の孫、明烏敏の孫と結婚して、明達寺におられたとか。

一見、自分の信じた道を歩めという励ましの言葉に見えますが、(きっと猪木さんはそう受け取っているのでしょうね。)「二河白道」の教えを表したものという方が私にはしっくりきます。

「二河白道」とは、

浄土往生を願う者が迷いの世界から極楽(ごくらく)に至る道筋を、水・火の二河をもとに説き明かしたたとえ。唐の善導(ぜんどう)(613―681)が『観経疏(かんぎょうしょ)』散善義(さんぜんぎ)で記述したのによる。人が西に向かって行くと、南に火の河、北に水の河があり、その中間に4、5寸(約12~15センチ)の白道があって、水火が猛然と押し寄せ、後方からは群賊や悪獣が迫ってくる。進退窮まり、白道を渡ろうかと思案していると、東岸から早く渡れ、死の災いはないという声、西岸からかならず守るからという声に励まされ、信じて西岸に達した。火の河は人間の瞋(いか)りや憎しみ、水の河は愛着や欲望、白道は浄土往生を願う清浄(しょうじょう)心、群賊たちは人間の迷いから生ずる悪い考えなど、東岸の声は娑婆(しゃば)世界の釈尊(しゃくそん)の教え、西岸の声は極楽浄土の阿弥陀(あみだ)仏の呼び声に例えたもの。                     (「日本大百科全書」より)

「二河白道図」というのがたくさん残されており、絵解き説法によく使われているそうです。

阿弥陀様の呼び声とお釈迦様のお薦めとによって、私たちはお浄土への道を歩まさせていただくのですね。

私の心の中は、怒りや憎しみの炎さかまき、愛着や欲望にかき乱されています。そういう状態であろうと、阿弥陀様は私たちにお呼びかけくださいます。

まず一歩を踏み出してみませんか。

それが阿弥陀様の前で手を合わせ、お念仏申すことなのですね。

お彼岸です。こんなことも頭に置いていただくと、お彼岸がいっそう味わい深くなるのではないでしょうか。

七百五十回忌ポスター

いただいてからちょっと間が開いてしまいましたが、宗祖親鸞聖人の七百五十回忌のポスターを掲示板と本堂に貼っておきました。

ご覧ください。

まだ、ポスターが何枚か残っています。

貼っていただける方があれば、お知らせくださいね。

お彼岸

お彼岸の入りですね。この機縁に仏さまに出会い手を合わせてみてくださいね。

今年は彼岸花が咲かないね。とある人との会話。

一本咲いているからお中日までには咲くんじゃない?とある人。

暑い日が続きましたので、彼岸花はちょっと遅いのかもしれませんが、お彼岸ですから、咲いていてほしいですね。