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2012年7月 2日 (月)

暁天講座 2

豪摂寺さんの暁天講座に御聴聞。

 『南無阿弥陀仏をとなふべし』

   真宗大谷派真浄寺住職 印牧秀峰師

御和讃の一説からとられた題。

「弥陀大悲の誓願を

 ふかく信ぜんひとはみな

 ねてもさめてもへだてなく

 南無阿弥陀仏をとなふべし」

御講師のお話の中で、「身の真実」という言葉が繰り返し聞かれた。

親鸞聖人は自分自身が煩悩具足の凡夫であり、私自身がそのことに気づくことによって救われるとお示しくださりました。

仏の願いとはほど遠い「身の真実」を抱えながら、仏になる道をお示しくださったのだと思います。

「浄土宗の人は 愚者になりて 往生す」

            (『親鸞聖人御消息』)

この言葉を掲示板に1か月ばかり掲示をしておきましたが、ある方からこれは(今の)浄土宗の方々を愚者と言っているようにとれると。

そうではありません。

親鸞聖人はご自分では「浄土真宗」という宗派を起こしたとは考えておられませんでした。

聖人自身が「浄土宗の人」つまり法然上人の教えを信じる人の一人という認識であられました。

自身の中の仏の願いにそぐわない愚かさを充分認識するところから、聖人の教えは始まるのだと思います。

聖人の言説は、ある場合には逆説的で、ともすれば一般的な常識を越えていることがあります。

しかし、そこにこそ真実を伝えようという聖人の思いがあるようにも思います。

掲示板には、様々な方の真宗に関わるおことばを掲示いたしますが、

中には意味を捕捉しがたいものもあるかもしれません。

そういうときは、お尋ねください。

そこからお聴聞が始まると思います。

現在は、この文言を掲示してはおりません。

1か月が過ぎたので・・・・

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