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2014年8月

2014年8月27日 (水)

尼講

本日(8月27日)尼講を行います。

午後7時より。

どうぞお参りくださいね。

2014年8月14日 (木)

お墓参り

お墓参りはされましたか?

お墓参りと、お盆について、川村妙慶さんのブログ

一読の価値ありと思います。

「王さまとハトとタカ」

福井産業会館でかじそさんの仏壇展の中で行われた、安藤圣一師の人形説きを見る。
「弁円のなみだ」は、今年3回目となるが、自分の慣れ親しんだ物を見るように感じ、楽しかった。感動を新たにした。
第一部は、子供対象の人形劇なのだが、子供の反応も良く、楽しい。
特に「王さまとハトとタカ」は、よく知られたシビ王の物語だが、安藤さんのすばらしい力量で、生き生きと、それでいて、いのちの重さという重いテーマを、ずしんと心に響かせてくれた。
クライマックスのあたりでは、感動させられた。

安藤さんとも、お話しする時間を得て、安藤さんが訪れたお寺の話や、お寺の未来についても話が及ぶ。

うちの永代経に来られて安藤さんの人形説きを見られた方のお姿も。

ご縁の広がりを感じた次第。

2014年8月13日 (水)

御聴聞

旧聞に属するところとなってしまいましたが・・・

8月2日は大谷派の小松教区の暁天講座で、瓜生崇師のお取り次ぎを聴かせていただく。

面識のある方で(真宗合同布教大会実行委員でおいでです)生でお取り次ぎを聴かせていただきたかったおひとり。

「さよなら親鸞会」のご著書もあり、その体験から今日の大谷派寺院の住職となるというご自身のお話を中心に、熱くお取り次ぎをされた。

(親鸞会=浄土真宗親鸞会は真宗十派と認められた宗派とは別の宗教団体です。)

いろいろなことを感じさせていただく、お取り次ぎでありました。

8月3日(日)は夏期講習会として行われた毫摂寺さんでの一楽真先生のお話(講義)を午前中、誠照寺さんで行われた天岸 浄圓先生(法話)のお話を午後聴かせていただく。

日程も重なっており、2日午前・午後と組まれていたのに、時間がとれず、充分にお聴きすることができず、残念。

一楽先生はきちんと裏付けをとられる、学者らしい、わかりやすいお話で、「顕浄土」ということを教えていただいた。

天岸先生のお話は、ユーモアを交えつつも、真宗が陥りやすい「甘え」を浮かび上がらせ、厳しく戒められて、こちらも引き締まる気がした。

有り難い御聴聞の機会をいただき、出雲路派・誠照寺派のおはからいに感謝申し上げます。

弁円のなみだ

春季永代経の際、正善寺で絵解きと「弁円のなみだ」をしてくださった安藤圣一師が、福井にご登場です。(当日のお知らせになりまして、申し訳ありません。)

本日 8月13日(水) 13時30分より

会場 福井県産業会館2号館 福井県福井市下六条町103

   かじそさんの仏壇展の一つとして催されるようです。

第一部13:30~ファミリー向け「王さまとハトとタカ」他
第二部14:30~一般大人向け「弁円のなみだ」

詳しくはこちら

もう一つ、山元派寺院でのコンサート

本覚寺 みどうジャズ

8月14日(木) 19:00スタート

詳しくは本覚寺さんまで 福井市笹谷64-27-3

 0776-98-3140

写真: 2014「本覚寺 御堂ジャズコンサート」が決定しました。皆さんお誘い合わせご来寺ください。

 

2014年8月10日 (日)

お盆

7日盂蘭盆会墓参会が勤まりました。

多くのお参り、誠に有り難く存じます。

いろいろと持ち方に変化があったので、御同行の方々にも、お世話になる部分がいつもより多く、無事勤めることができ、安堵の感が強いところです。

このあたりは、お盆は旧盆で勤めますが、正善寺では、14/15日にご縁のあるおうちにお参りいたします。どうぞよろしくお願いいたします。

真宗のお盆の意味を、寺報から再掲いたします。

盂蘭盆について

お盆の法会は「盂蘭盆会」といわれます。「盂蘭盆経」のお話が、その由来だといわれています。それはこのようなお話です。

 ある時、神通第一の仏弟子・目連尊者(もくれんそんじゃ)が、餓鬼道(がきどう)に堕ちていた母親を神通力で見つけました。
 なんとか母親を救おうとしますが、母親に食べ物を差し出すと、みんな炎となってしまいます。救うどころか、逆に母を苦しめてしまいます。

 そこでお釈迦さまに救いを請いますと、七月十五日(旧暦)、雨期の安居(あんご)(勉強会)を終えた後、修行をしていた僧侶たちに、飲食物の供養をするように言われました。これを実行したところ、餓鬼道で苦しむ母親を救うことができたのです。

 《この説法は、何を表しているのでしょうか?》

 ここで大事な点は、修行して神通力を得た目連ほどのお方でも、餓鬼道の母に食べ物を施すことも、餓鬼道から救うこともできなかったということです。
 お釈迦様がおっしゃるとおり、修行僧たちに供養することで、救われたということです。

 供養とは、三宝(さんぽう)〔仏、法、僧〕への敬いの心を形で、表すことです。

 母が救われたのは、目連が三宝に供養する姿を通して、母がはじめて三宝の貴さに気づいたからです。

 このお話は、三宝こそ帰依(きえ)すべきものであるという仏、法、僧の三宝の尊厳性を示しています。(「三帰依文(さんきえもん)」をご覧ください。 「同朋勤行集」p1)

 また、目連尊者でさえ母親を救うことができなかったということは、結局、物では人は救えないということも示しています。
 物では人は救えないとは、どういうことでしょうか。
 人の心を開き、心境を転換させるのは、物ではなくて、仏の説かれた法(真理)だということです。
 法に帰依し、真実の道理に心開かれたとき、はじめて我欲(がよく)に翻弄される餓鬼でなくなります。
 そこで、救われたというのです。
 この点が欠落すると、仏教でなくなってしまいます。
 お経に説かれた内容の表面だけをとらえ、しかも餓鬼を怨霊とみなし、それを救うために供物を施せばいいと考えますと、仏教とは関係ない怨霊信仰としての「施餓鬼(せがき)」になってしまいます。

 一般的なお盆といえば、精霊の送り迎えなど、ほとんどが霊祭りの形態をとっています。

 浄土真宗のお盆は、一般の先祖供養とは違うのです。

 浄土真宗の み教えに生きた人びと(ご先祖)は、お盆の時だけ帰ってきて子孫の供養をうけるのではありません。
 ご先祖は、阿弥陀如来の本願力によって、さとりの世界であるお浄土に生まれ、常に私たちを見護り導いてくださっています。(往相の回向・還相の回向)
 亡くなった方も、私たちも、みんな阿弥陀様のお浄土で共に生きているのです。(お浄土は「倶会一処」の世界です。)
 生と死を包んで一切を照らしてくださる阿弥陀様を念ずることを通して、はじめて私たちは亡くなった人達との共通の場(=「倶会一処」)が与えられていることに気がつきます。
 そういうこの世を超えた領域の確認ができるのが、お念仏の世界です。
 先祖との本当の心の交流は、阿弥陀様を介さないとできません。

 亡くなった方と阿弥陀様を介してお遇(あ)いするとき、はじめて愛と憎しみを超えた本当の遇い方ができるのです。

正善寺からのお知らせ

8月27日(水)午後7時より 尼講

どうぞお参りください。

2014年8月 4日 (月)

盂蘭盆会・墓参会

正善寺の盂蘭盆会・墓参会のお知らせ

8月7日(木) 午後3時より

 勤行 仏説阿弥陀経

 説教 本願寺派布教使 岩見順明氏

説教の後は、お齋をお出しいたします。どうぞ召し上がってください。

本山證誠寺の行事のお知らせ

墓参会

8月8日(金) 日中 午前10時 逮夜 午後2時

説教 三崎霊証師

永代経会

8月20日(水) 午前10時 逮夜 午後2時

説教 奥田順誓師

どうぞお参りください。