報恩講など
今日は、今年度最初の檀家さんでの報恩講。
毎年このおうちから秋参り(報恩講のお参り)が始まる。
季節が来たのだなと思う。
このおうちのご夫妻には、すでに法名をお出ししてある。
本山の彼岸会のご案内に帰教式のことが書いてあったことから、法名のお話になった。
法名を書いたものを確認させていただいたのだが、父(前住職)の筆で書かれたもの。
30年あまり前のものだが、久しぶりに父の書いたものを見たので、何となくこみ上げてくるものがあった。
ありがとうございます。
家人がある方と話していて、私の隣寺での説教が良かったとお話ししていたよ。と伝えてくれた。ありがたい。
「腹を抱えて笑わせていただきました」と言われたそう。
笑いと一緒に仏法もきちんと伝わったっていますよね。
落語もお寺の「高座」から出ているということであるから、(釈徹宗さんが、そのあたりのことを書いた本をお出しになったようだ。読みたいと思っている。)笑いと御法座はけっこう近しいものだと言えるかもしれない。
でも、私が高座に座るのは、年に一回か?演台の前に立ってお話をすることがほとんどになってしまった。
遠くに住んでいらっしゃる御同行が亡くなったとの知らせが昨日あり、今日は、法名などをお送りした。
遠くであるから、高校の同級生であるお寺さんにお葬式は頼まれたとのこと。
地元のご縁があるものだと感心。
葬儀は失礼させていただくことになるが、一段落ついたときに、故人のお人柄に思いを馳せる。
会う機会はそれほど多くはなかったが、こちらに帰ってこられるとお寺にもお参りいただいていたので、思い出も多い。
御仏のもとで、私たちをお導きいただけるように、と法名をつけさせていただいた。
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