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2011年5月 7日 (土)

(9)親鸞の教え

「親鸞なう」の「(9)親鸞の教え」は、本願寺派総長の橘正信さんを取り上げる。

 「生きるとは、お互いに支え合うことだ。みんなに支えられていると感じることができれば、被災者の方々は『よし頑張ろう』と思えるのではないか」。

「人は1人で生きているわけではなく、命はみんなで共有しているものだ。だから、人の痛みは私の痛みであり、人の悲しみは私の悲しみになる。悲しみ、苦しみを共有するという『同悲同苦』を教えてくれるのが仏法だ」

「念仏とは仏の知恵と慈悲だ。念仏を通して自分の愚かさに気付かされたときに、慈悲の心をいただき、本当に悲しみを分かち合う心が起こる」

「悲しいけれど、つらいけれど、この命は生かされている。念仏は悲しみ、苦しみを取り去ってくださるものではない。しかし、この無常の世を生きるエネルギーを与えてくださるものだ」

「ナモアミダブツとは、『生かされた命だから大切に生きてほしい』という仏の呼び声だ。念仏の大切さを、もう一度みんなで共有しなくてはならない」

橘さんのことばを列挙してみた。

念仏者として、問われていることの多いことに気づく。

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