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2009年10月15日 (木)

忘れまいぞと思いはせねど

妙好人おかるさんのおはなしですが、報恩講についてのお話にもなっています。

報恩講のご縁をよろこびつつ、読んでやっていただけるとありがたいです。

『心のしおり』に掲載されたものですが、表記は改めたところがあります。

忘れまいぞと思いはせねど

 今年の四月、六連島(むつれじま)に妙好人おかるさんの足跡をたどりました。おかるさんは、夫の不実を知り瞋恚(しんい)の炎を燃やしましたが、地元の西教寺の住職によって教化されました。その後、お念仏に生かされる喜びを多くの歌に詠まれた方です。その歌に次のようにあります。

 忘れまいぞと思いはせねど

 忘れられぬが祖師の恩

 浄土真宗では、親鸞聖人を祖師と呼びます。そして聖人への報恩感謝の意を込めて報恩講をつとめます。寺院のみならず、在家の各家でも報恩講をつとめています。
 報恩講の時に親鸞聖人のご恩に感謝すると言いますが、このご恩はいつも受けているものです。ところが、私たちはともするとはっきりわかる機縁がないとなかなか感謝するということができないでいます。
  「忘れてはならないと思ってはいないのだが、忘れることのできない親鸞聖人のご恩」とおかるさんは歌います。日常の日暮の中で、何と多くの報恩感謝をしていることでしょう。私たちも、できるだけ多くの機縁を求めて報恩感謝の念を表していきたいものです。

文中に「今年」などとありますが、もうずいぶん前のことになってしまいましたので、あしからず。

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