Powered by Six Apart

カウンターなど

本・新聞 Feed

2013年3月18日 (月)

お坊さんの1日1分説法

彼岸寺著「小さな心から抜け出す お坊さんの1日1分説法」を読む。

彼岸寺は超宗派のWEB寺院。そこに集まるお坊さんたちが書いた本。

全部で6章あり、それぞれ一人のお坊さんが担当。

他に「小さな心から抜け出すワーク」もあり、それを含めると7人のお坊さんの合作。

超宗派なので、それぞれのお坊さんのよってたつところも違い、アプローチの仕方に個性がある。

この多様性が、本書の特徴の一つなのであろう。

読んでいて、バラエティに富み、気づきがここかしこにある感じ。

ほとんどの項目が2ページの見開きにまとめられているので、読む人の関心によって、1冊通して読むこともできるし、1つの説法を取り出して読むこともできる。また、章ごとに読むのも一興だろう。

お会いしてお話を聞いたことのある方も何人かいるのだが、英月さんの章はその中でも異彩を放っているように思う。

「第5章 出会いと別れの中で生きていくために」が英月さんのご担当。

たとえば、次の文章は、英月さんの筆が自由自在に動いていることを感じさせる。

複数の人とつきあってしまうことを悩む人がいますが、「つきあう」の定義は人それぞれ。「縁が整って初めて出会いがあり、人間関係が成立する」というように、たとえあなたが何十人とつき合おうと、その関係が成り立っているのなら、それは双方にとって、取り立てて問題ではありません。なんて、ちょっぴり暴言ですね。(中略)

実は、この「不安」は、あなたの問題を解決するためのギフトなのです。

                  (「思い込みという『我』と向き合う」)

実は重い論題なのだが、英月さんにかかると自由自在・融通無碍といった書きっぷりとなる。

ほかにお得意の写経についても担当されていて、これも非常におもしろい。

なお、英月さんについては『週刊朝日百科 仏教を歩く 親鸞』にも、写経についてのお話が掲載されている。

写経についての堅苦しいイメージはこれによって払拭されるのではないだろうか。

他の6人の方の文章も、示唆に富む、学ぶところの多いものであることは言うまでもない。

お知らせ

正善寺彼岸会

3月20日(水) 午前10時より

正信偈のおつとめ 御法話(真宗出雲路派長慶寺副住職 泰円澄一法師)

春季彼岸会(本山證誠寺)

 3月19日(火)~3月21日(木) それぞれ午後2時より(逮夜)

それぞれ、どうぞお参りください。

2013年2月24日 (日)

真宗の学び方

櫻部健「真宗の学び方」を読む。

お聖教(おしょうぎょう)を読むことを第一とされるところは、確かに頷ける指摘だと思う。

また、お聖教をあまり読まず、後人の言説ばかり取り入れたり、自分の先入主によってお聖教を読むことの戒めは、肝に銘ずべきところだろう。

浅学非才の身故、理解が及ばぬところ、お聖教を読むことの大切さは理解しても、尻込みをしてしまう自分がいるところが、少しつらいような気がする。

真宗を学ぶということを、本当に問い直されているのだと感じる。

2013年2月16日 (土)

本など

「お寺ごはん」青江覚峰

精進料理を食べようと思うと格式のあるお寺や精進料理を出す料理屋さんにでも行かないと無理なのでは?という印象があるかもしれない。

この本はお寺ごはんといいながらも家庭で作ることができるようにレシピを載せている。

そういう意味では身近に精進料理を感じさせてくれる。

といいつつ、これはレシピ本でありながら、仏教の智慧を伝える本でもある。

長寿の代名詞でもあるお坊さんの食生活には、どんな教えが息づいているのか、それを知り、感じてもらうには、ご自身の体験を通じていただくのが何よりではないかと思います。
肉、魚をつかわず、野菜をふんだんにつかうお寺のごはんは、体の中をすっきりととのえ、野菜を多くつかうことから、一般の食事に比べて非常に低カロリーで、ヘルシーです。
KAKU流お寺ごはんをぜひ、お楽しみください。

教えが息づいているのがこの本の料理であるし、随所に著者の掲載された料理についてのメッセージが書かれ、それをつなげて読んでいくと、筆者の思いがよくわかるようになっている。

仏教の智慧をあじわう、というのも乙なものではないだろうか。

自分では料理をしないので、うちでは読んだ後、我が家の料理長(?)にプレゼントした次第です。

話は変わって、あるところでお坊さんたちがこれからお寺で取り組むことをお話しする場に同席。

お寺によって規模が違い、宗派が違い、周りの環境、コミュティでのお寺の位置づけも違う。

よくもこれほどのことができるものだと、盛りだくさんの内容をお話しされる方、ともかくお寺の活動を維持し、教えを伝えたいという熱意を感じさせる方、将来お寺を担うときにこのようにしていきたいとおっしゃるお若いお坊さん、いずれもお寺というものに熱い思いを持っていらっしゃる。

質疑応答もどんどんと深く広がっていき、その場にいることにありがたさを感じると倶に、我が身の現実を鋭く問われた気持ちであった。

76000あるお寺が6000になると予測された方もおられるが、厳しい現実はたしかにあるけれども、このようなお坊さんが宗派を問わず、たくさんおいでになることは非常に心強い。

一方で「葬式仏教」といわれるような体質がお寺にあることも確かなことで、そちらに対する厳しい指摘も、心して受け止めなければならないのだろう。

などとつらつら考えつつ、皆様と倶にお念仏するところからすべて始まるのだと。

尼講のお講結び

2月23日(土) 午後6時より

お講さんの仲間に入りませんか?

当日お斎を用意いたしますので、用意の関係上、新しくご参加の方は早めにご連絡ください。

2012年12月31日 (月)

悩みながら、今を生きよう。阿弥陀さんと共に。

ほっとひといき 川村妙慶のカフェ相談室』を何とか読了。

5月から6月に渡って3回行われたカフェ相談室を書籍化したもの。

妙慶さんは相談者の悩みに向き合い、真摯にお答えになっている。

とはいいながら、その答えには、深く仏教に根ざしたことばである。

私たちは、煩悩に眼を閉ざされ、いつの間にか我に縛られる。

人間である以上、程度の差はあれ、そこから逃れることはできない。

悩みというのは、私たちにとってそういうものなのだろう。

「悩みながら、今を生きよう。阿弥陀さんと共に。」

このことばで妙慶さんは「おわりに」を締めくくる。この本で妙慶さんが示された悩みに向き合う態度を、まさしく言い当てたものではないだろうか。

 

そして、真宗門徒は人生の伴侶のように、このことばとつきあっていきたいものだと思う。

2012年12月 9日 (日)

つながる

本日の「福井新聞」20面「つながる」と題する記事では大阪釜ケ崎の僧侶として、川浪剛氏をおっている。

記事ではつまびらかではないが、氏は真宗の僧侶であるらしい。

超宗派の会「支縁のまちサンガ大阪」の代表である。

詳しくは記事を参照していただきたいが、いわゆるあいりん地区での活動は、生の問題を生々しく映しだしているように感じられる。

川浪氏の活動について、共感するところ大ではあるが、では自分にできるかというと難しいところがあると感じる。

氏の活動の一端ではあるが、触れることができたことを喜びたい。

2012年11月15日 (木)

寿光のメッセージⅡ

寿光山浄覚寺 禿了滉『寿光のメッセージⅡ』

浄覚寺前住職の了滉師によるはがきの法語通信と掲示伝道に掲げられた俳画(法語プラス画)がこの本にまとめられた。

仏教・真宗に対する師の深い造詣がにじみ出るような法語の選択と美しい俳画のコラボレーションが見事に結実しているという印象である。

寿光は山号。師によれば「いのちの本当の世界」なのだという。

生かされているいのちを享受するすばらしさ・感動を、この本は遺憾なく著しているといってよいと思う。

ご一覧をお薦めしたい本。

〈お知らせ〉

正善寺 永代経

11月23日(金)

 日中 午前10時 説教 住職 仏説阿弥陀経(内勤め)

 逮夜 午後3時  説教 本願寺派布教使 岩見順明氏

         仏説観無量寿経(村国の山元派寺院参勤)

本山證誠寺御正忌報恩講

11月21日(水)より11月28日(水)迄 詳しくはこちらで

11月24日(土) 逮夜にお取り次ぎを致します。

どうぞお参りください。

facebookに上西山正善寺のページを作ってみました。

まだ何もありませんが、アクセスしてみてください。

2012年10月13日 (土)

絵ものがたり正信偈

「絵ものがたり正信偈 ひかりになった、王子さま」(文・浅野執持 絵・市角壮玄)を読む。

正信偈のものがたりを、私たちは本当に知っているのだろうか。

この本は、単に訳ではなく、正信偈のものがたりを伝えているといっていいだろう。

お薦めの本。

2012年10月10日 (水)

仏教、そしてお経さんは自分を映す鏡

英月さんの「お経さん、ごちそうさま!」の新しい回「仏教、そしてお経さんは自分を映す鏡」を読ませていただく。

「経(教)は鏡なり」と言われます。

お経は自分の姿を映してくれるもの。

とはいえ、お経を読むということは一般の人にはなじみがないのではないでしょうか。

何かのきっかけでお経の言葉や一節がひっかかる。

そういう体験からお経を読むということが始まるのかもしれません。

英月さんが「正信偈」と向かい合うことになったエピソード、

どうぞお味わいください。

2012年7月30日 (月)

お経さんはココロの栄養

「彼岸寺」に英月さんがご登場。

「お経さん、ごちそうさま! 英月流!目からウロコの写経法」が、新連載ということで、第一回が「お経さんはココロの栄養」

8月7日の英月さんのお話が楽しみになるような、親しみの持てる内容です。

ご一読、おすすめいたします。

(これを参考にして、正善寺でも写経の会を?)

お経さんはココロの栄養(←ここをクリック!)

英月さんのお寺「大行寺」さんのホームページでも正善寺での法話の告知をしていただいています。

大行寺さんホームページ(←ここをクリック!)

いろいろと8月7日に対する期待が高まってきた(?)感じですが、

改めて御案内いたします。

8月7日(火) 午後3時より

親鸞聖人750回御遠忌 盂蘭盆会 墓参会

説教 真宗佛光寺派布教使 佐竹英里子(英月)師

2012年3月31日 (土)

死の授業

新井満さんの『死の授業』を読む。
NHKテレビで放送された『課外授業 ようこそ先輩 死の実験と生きる役割 作家 新井満』がもとになっているという。
新井さんの授業の目的は、死の疑似体験を通して死を見つめ、そこから生きる役割へを認識するところにあると言ってよいだろう。
大切なものを絵に描き、それを燃やすことで中学生に死を疑似体験させる。
巻末の鼎談「生きる役割」で新井さん自身、この実験はつらかったと述べているが、それは、死がそれだけ重大事であるということをも示しているのだろう。
新井さんは事後のカウンセリングにかなり時間をかけたという。
その一部も「翌日、再び教室で」という章に収められている。
 「死は悲しい、生きていることはすばらしいと骨の髄まで実感した人間でないと、命 の役割まで考えられないのではないでしょうか。」
新井さんのこの言葉が、この本の主張であるように思われる。
でも、人生のスタートが誕生ならば、
人生のゴールは死なのです。
死に向かって私たちは、生きているのです。
死は忌み嫌うものではなく、人生のゴールと意識するのがいいのだろう。
ゴールを見据えた上での生、ということを意識したい。
されば、人間のはかなき事は、老少不定のさかいなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏もうすべきものなり。(蓮如「御文章」)
その生が、お念仏とともにあるとすれば、すばらしいと思う。