本・新聞 Feed

2012年3月25日 (日)

「教行信証」を読む

山折哲雄さんの『「教行信証」を読む』を読む。

「教行信証」は親鸞聖人の主著であるが、難解な書でもある。

山折さんをして「この難解きわまる書物に立ちむかい、何度立ち往生したかもしれない。そのたびに、心が萎えるような挫折をどれほどくり返してきたことか。」(「あとがき」)と言わしめる。

浅学の徒が、この本を敬して遠ざけてしまうのは、仕方のないことかもしれない。

浅学ながら「教行信証」は、御本典であり、真宗の理解には外すことができない書として、意識してはいる。

山折氏は、この本の書名を目次のようだと考え、そこに親鸞の苦闘を見る。また、法然への異議申し立て、という意図を見いだそうとする。

親鸞聖人が法然上人に対して、そのようなことを考えたかどうかは、ここの書を読んだ後でも釈然とはしないが、山折氏が親鸞聖人に寄り添い、聖人の思想上の苦しみを跡づけていることは大変興味深いところだ。

2012年3月23日 (金)

わたし、住職になりました

三浦明利さんの御著書『わたし、住職になりました』を読み終えました。

三浦さんのことが本当によく分かり、三浦さんのこれまでの人生が、ご縁で結ばれ、三浦さんがお寺を本当に愛しているのだと分かります。(ここで「お寺」というのは、門徒さんも含め、お寺という場にご縁があり、お寺を作り上げているすべてのもの、といった意味で使っています。)

仏教の考え方をやさしく語る部分もあり、仏教や浄土真宗に関して、教えられるところも多かったように思います。

これほど感動的な仏教に関する本も珍しいのではないでしょうか。

ご自分の楽曲について触れられたところもあり、三浦さんの歌を聴くとき、より深い理解の助けとなるでしょう。

手にとってお読みになることをおすすめいたします。

2012年3月20日 (火)

お彼岸 施本より

本日3月20日(火) 午前10時より 正善寺では彼岸会(尼講をかねて)を行います。どうぞお参りください。

施本には『お彼岸』(東本願寺出版)を用意しております。

その中から、少し紹介しておきたいと思います。

「彼岸は仏道修行の尊い季節」(池田理)

障がいを持つ身という共通点を通して教えが伝えられたことを題材にした味わい深い文章です。

その中に引かれている曽我量深先生のおことばを紹介させていただきます。

「釈尊はこの世に仏法を説くために生まれてきたというのであれば、我々は仏法を聞くために生まれてきたのである。この世は生死無常であるから一日もゆるがせにせずに仏道修行をせねばならぬ、法によらねば一日も安心できぬぞと教えるのが親鸞や蓮如の教えである。」

「仏道修行は彼岸に限ることではないが、春秋の彼岸は仏道修行の尊い季節である。」

「お彼岸のこころ」

巻末のお彼岸を説明した文章です。短いながら浄土真宗におけるお彼岸の意味が分かりやすくとかれています。その文章の一部を紹介しましょう。

お彼岸にお寺やお墓にお参りするのは、決して先祖供養をするためではありません。(中略)諸仏と仰ぐ亡き人からかけられた願いを、身をもって聞く場をいただくことなのです。(中略)その聞法の場がお寺であり、家庭のお内仏なのです。

その他「雑踏の喜び」(文・写真 大西暢夫)「彼岸の賑わい」(小野美知子)も載っております。

どうぞ、お手にとってお読みください。

寺報も用意しておりますので、そちらもお読みいただけるとありがたいです。

2012年3月10日 (土)

わたし、住職になりました

三浦明利さんの御著書「わたし、住職になりました」が3月の終わりに発行されます。

読ませていただくことを楽しみにしておりますが、三浦さんの紹介記事がyorimoに掲載されています。

本の内容やCD「被災地からのありがとう」のことも書かれています。

この記事によると、御著書は三浦さんの半生を振り返りつつ、仏教入門の内容も盛り込まれているそうです。

「一般的なモノの見方・価値観とは別の視点をくれるのが仏教です。仏教のモノの見方が人生を変えるかもしれない。私の場合がそうだったんです。私も、お寺に育ったといっても最初から何もかもわかっているわけではなくて、何度も何度も“気付き”がありました」

気づきは真宗的には「回心(えしん)」ということばになるのでしょう。

一般的なモノの見方・価値観から離れる。

三浦さんの回心を味わわせていただきたいと、楽しみにしているところです。

2012年3月 7日 (水)

もしもあなたが、あと1年のいのちだとしたら

川村妙慶さんの「もしもあなたが、あと1年のいのちだとしたら」をやっと読了。

本屋さんに出回る前に入手しており、サインまでいただいていたのにやっとの読了という有様です。(妙慶さん、ごめんなさい)

震災の後のいろいろな悩みメールを受け取っておられた妙慶さんの思いからこの本ができている。

 この本を書かせていただくことになったのは編集者との会話からでした。

 人間は悲しいかな、一度追い込まれることがないと、今の自分に立ち止まり、人生を問うことはありません。しかしもう手遅れとならないためにも「何があってもどんな状況が来ても立ち向かえることのできる一冊が書けたらいいですね」。

 それが日ごろからしたためていた「あなたがあと、一年のいのちだったらどうしますか」というテーマの提案でした。

                         (「あとがき」より)

 震災に遭われた人はもちろん、震災から直接影響を受けなかった人たちも、ある意味、追い込まれた状況に立たざるを得なかったのではないだろうか。自分の生を問われる経験を、この一年、日本の人々たちは、してきたのではないかと思う。

 以前、親鸞聖人も御生涯で大きな災害にお遭いになっていたことを書いたが、人生を問うというところで、現代とリンクしているのではないだろうか。

 妙慶さんのこのご本は、親鸞聖人と現代とのリンクの一つのあらわれのように思われる。

 ご一読をお勧めます。

帯の妙慶さんのお写真のお顔が、とてもにこやかで、けっこう厳しい感じの本の題から受ける感じと鮮やかにバランスを取っているような気がします。

 立ち読みですませてしまいましたが、今週の「週刊女性」の妙慶さんのご法話も震災を受けてのお話です。この本とリンクする部分も多く、機会があれば、こちらもご一読をおすすめします。

2012年3月 3日 (土)

園児の表情活写

3/3の「福井新聞」には標記の見出しで写真展「みほとけの子ら-5歳児の表情-」を取り上げている。

記事の一部を紹介

同(聖徳)幼稚園の園長夫人北條千鶴子さんが、「自然で一番すてきな園児の表情を収めよう」と撮影を続けている。今年で27回目。

5歳児の15人を被写体に、一人一人をアップで写した半切り15枚をはじめ、秋の遠足でおいしそうに弁当を食べたり、プールではしゃぐ姿など、日常の何気ない一コマを切り取っている。芋掘りをしている写真は、芋を手に嬉しそうな表情が印象的。昨年5月と今年2月の立った姿の写真も並べ、子どもたちの成長が一目で分かる。展示写真の一部は、卒園式で園児にプレゼントする。

再掲ですが、この写真展のご案内を。

「みほとけの子ら ー五歳児の表情ー 写真展」

と き 平成24年3月2日(金)~4日(日)

     午前9時30分~午後5時(入館4時30分)

     最終日3月4日は午後4時30分閉場

ところ 福井県立美術館 展示室(B1)

     福井市文京3-16-1

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日々、新しいことに関わりながら

成長を遂げてゆきます。

幼稚園時代もあと少しですね!  (北條千鶴子)

 

  

2012年1月11日 (水)

新刊案内

川村妙慶さんの新刊が今月下旬に出るそうです。

「もしもあなたが、あと1ねんのいのちだとしたら」

川村 妙慶 PHP研究所

1,300円+税

楽しみです。

2011年10月13日 (木)

独りじゃないよ

川村妙慶さん『独りじゃないよ』を読ませていただきました。(手元に着いてから、しばらく読めずにいましたが…)

妙慶さんらしく、親鸞聖人の教えを元に、やさしくわかりやすく私たちに語りかけてくださる本。

仏教の智慧を生きる生き方を語ってくださる。

帯にも取られているあとがきの一部を引いてみましょう。

人間は「繋がり」を感じることができなくなったとき、大きな孤独がおそってくるのです。

人間は、何でもないちょっとしたお声がけ、人の温もりを感じることで生きる希望を持つことができるのです。

仏さまは「あなたを独りにさせません」と、いつでも手を差し伸べておられます。

どうか安心して生きていきましょう。

真宗では、信仰を「安心(あんじん)」という言い方で表します。

無縁社会などといわれ、人の間の縁を断ち切ろうという志向を持って戦後の社会は進んできたといっていいでしょう。

仏様はご縁で結ばれた関係を私たちに示してくださいます。

私たちはそういう仏様のお声をなかなか聞くことができません。

その仏様のお声を聞いたとき、そして、仏様に私は願われているのだと知ったとき、「安心」するのかもしれません。

そういう仏様のお声を妙慶さんが私たちにお取り次ぎになっておられる。

そんなふうに感じました。

2011年10月 7日 (金)

手話で聞法

西本願寺さんが、「手話で表す仏教用語」という冊子をまとめられたという。昨日の「福井新聞」で知る。

たとえば「すべての人を平等に救う阿弥陀仏(あみだぶつ)の願い」を意味する「本願」は、「仏さま」+「約束」で表現。他にも「聞法(もんぼう)」は「教わる」+「いただく」、「煩悩」は「悪い」+「心」で表した。

正確に仏教用語の意味するところが伝わるのかどうか、ちょっと疑問も感じるが、少なくとも耳の不自由な方のお聴聞にはいいことだと思う。

真宗宗歌」「恩徳讃」にも手話がついているそうだ。

2011年9月24日 (土)

独りじゃないよ

川村妙慶さんの新刊が出たそうです。

「独りじゃないよ」二玄社 1260円

妙慶さんのブログで知りました。

私は注文しましたが、まだ手にとっては見ておりません。

読むのが楽しみです。

ここに、詳しいご案内があります。

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