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日記・つぶやき Feed

2012年8月 6日 (月)

布教使さん

8月7日の準備に追われる。

いろいろとみなさんにお頼みすることも多く、打ち合わせも。

法話をしていただく英月さんからは、当日の資料を送っていただく。

「えいげつちゃん」もかわいくご登場の資料。(乞う!ご期待)

布教使のひとり言。」を読む。

大変な思いをして英月さんが法話に向かっておられるのが分かり、ちょっと申し訳ない思いもあるが、手元に届いた資料を見比べながら、お話に期待がふくらんでくる。

こちらは「表白」に悪戦苦闘。

御門徒の方々と共に、親鸞聖人に対する思いを深めていきたいものです。

有縁の方々にお送りした8月7日の御案内の一部が、曜日が間違っておりました。

(誤)8月7日()→(正)8月7日()

訂正の御案内をしようと思いながら、日が迫ってきてしまいました。

ご容赦のほどお願い申し上げますとともに、どうぞ日にちをお間違えなきようお願いいたします。

2012年4月24日 (火)

尼講終了

本日の尼講もつつがなく終わりました。

蓮如忌ですので、蓮如様関連のお話を。

新井満さんの『死の授業』のなかの言葉を紹介しつつ、

死が人生のゴールであり、

忌み嫌うものではないことを、

白骨の章(お文・御文章)を読みながらお話ししました。

2011年10月29日 (土)

興正派大遠忌

27日は京都興正寺の親鸞聖人の大遠忌に宗務長の随行としていって参りました。

興正寺さんは訪れたことがありましたが、法要に参列するのは初めてです。

お勤めのメインは正信偈でしたが、独特の節回しで、興味深く聴かせていただきました。

何でも興正派でもあまり詠むことのない節回しの正信偈であったようです。

正信偈にも各派いろいろあるものだなと感心いたしました。

それも、親鸞聖人の御教えを伝えるものとして、正信偈が多くの人に親しまれていることのあらわれなのでしょうね。

2011年7月11日 (月)

どっちも、どっち。

他の方のブログ紹介だが、この話には、ヒザを打ちたくなる感じ。

英月さんのブログには、「どっちも、どっち」というお話が。

花泥棒のお話だが、親鸞聖人のお言葉「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」(「歎異抄」)が、身近なところの出来事から感得される。

この方、仏光寺派の布教使についこの間おなりになったようだ。

むずかしいところを、上手にお伝えになる、英月さんのブログは面白い。

私も歎異抄のこの段のお話をしたことがあるが、機縁さえあれば千人殺すこともある、この身なのだ、と言ったところ、「人は殺さんわ」と言われ、二の句が継げなくなったことがある。

勉強になった。

2011年5月20日 (金)

小さな合掌

幼稚園児の姿、それも合掌をする姿には、感動を感じるもの。

よしいけ道さんのブログは、そこのあたりを書いておいでだ。

かわいい手で合掌をしている姿が思い浮かぶ。

2011年4月20日 (水)

御仏縁

先日、よしいけ道さんにお会いする機会を得た。

こちらが時間があまりなく、ゆっくりお話来ることはできなかったが、A3版の「いきているってふしぎだね」やよしいけさんのご本までいただいてしまった。ありがとうございます。

お会いして感じるのは、表現への意欲の高さ。

ご本もご自分の手作りのような形でお作りだそうだが、ホームページやブログにも関心をお持ちで、よしいけさんの表現方法は、どんどん広がりそうな予感がする。

いただいた御著書の感想は、改めて書こうと思うが、柔らかく、深くお念仏の味わいをお伝えいただいているところに感銘を受けた。

2011年4月17日 (日)

さよならの贈りもの

雪山隆弘さんのドキュメンタリー「さよならの贈りもの」を見る。

ポッドキャスト説法のページ。

この人の残したメッセージは、心を打つ。

2011年4月 7日 (木)

どうやって伝える?

前にここで紹介したことがある英月さんのブログにどきっとする言葉が。

「本願」とか「南無阿弥陀仏」を使わずに

相手にブッダの教え、親鸞さんの教えを伝える。

と、ある先生に言われたそうだ。

確かに真宗の法話は、「本願」と「南無阿弥陀仏」の繰り返しでできていると言ってもよいのかもしれない。

「本願」とか。

「南無阿弥陀仏」って聞いたら。

それだけで、眠た~くなっちゃう

寝さすのじゃなくて。

目覚めるお話しをする。            (英月さんのブログより)

法話をしていて、こちらは熱を込めているつもりなのに、「眠た~くなっちゃう」という様子の人がいる。

そういう人を目覚めさせるご法話。

そういうお話をしてみたいものだ。

もっとも、法話は有り難くて眠たくなるのが良い法話という話も聞いたこともあるが・・・

しれ~という感じで聴くものだとも。

いずれにしろ、真宗で大事なところは、聞法。

法話の師匠と呼べる感じの人を持たない私は、他の人から師の話を聞くたびに、

師を持ちたいものだ・・・という気持ちになる。

「我以外皆師なり」とも言うのであるから、すべてが師・すべてが善知識。

学びですね。

法然展

法然 生涯と美術」を京都国立博物館で見る。

法然上人は、いわずとしれた親鸞聖人の師。

40~50年の差はあるが、ほぼ同時代だと言えるのだが、浄土宗と浄土真宗との違いや同じ所、いろいろと感じることができた。

何と言っても「法然上人絵伝」の膨大さには驚いた。

真宗にも親鸞聖人の絵伝はあるが、これほどの量ではない。

今でこそ浄土真宗は開祖を親鸞聖人と定め、親鸞聖人を讃仰することに集中しているが、以前は派によっては法然上人を親鸞聖人と同等の位置に置いたり、親鸞聖人自身が一宗を起こすという意識が無く、「浄土の真宗」という言葉は、法然上人の教えを信じる意で使われたということもあるが、さかのぼれば浄土宗の流れを受け継いでいる。

法然上人の絵伝にも浄土真宗系の物があるようで、なるほどと感じさせられた。

法然上人の善導大師との関係の大きさにも改めて感じ入った。

真宗でも善導大師は七高僧の一人に数えられ、親鸞聖人も善導大師を大切にされたが、法然上人が善導大師の『観経疏』によって専修念仏を確立されたといわれるように、エポックメイキングな存在であった。

多くの善導像が展示されているところに、法然上人と善導大師の繋がりの深さを感じた。

親鸞展と法然展は、それぞれの入場済入場券の半券をもう一方に提示すれば、団体料金で入場できます。セットでいかが?

(法然上人の表記については、「聖人」と表記すると定められた宗派もありますが、展示で使われている「上人」と表記させていただきます。)

釈尊と親鸞

龍谷ミュージアムで「釈尊と親鸞」を見る。

龍谷ミュージアムは、4月にオープンしたばかり。(知らずにいきました。・・・)

現代的な建物で、きれいな美術館。

(ちょっと不思議な構造?地下に受け付け、展示場が2階3階という)

浄土真宗は、阿弥陀如来一仏を信仰の対象とするので、お釈迦様は、阿弥陀様の本願を私たちに知らせることを出世本懐と考えます。

しかし、何と言っても仏教を開かれた方。お釈迦さもの教えを伝えていくという、時代を超えた強い思いを感じることができるグローバルな規模での展示だと思います。

阿弥陀様のことを思うのはもちろん大切なことですし、真宗門徒にとってはそれが第一義ではありますが、私たちに仏法を伝えていただいたお釈迦様が、民衆の心に生きていることを示す、様々な展示は、何ともいえない大きな感動を与えます。

4月8日(金)はお釈迦様のお誕生日。降誕会(ごうたんえ)や花祭りともいいます。

正善寺では特別なことは催しませんが、お釈迦様に思いを致したいと思います。

親鸞聖人については、750回大遠忌が、9日より西本願寺で勤まりますが、それにあわせた企画でもあり、多くの人が特別な思いをもってご覧になることと思います。

一部、京都市美術館の「親鸞展」と重なる部分もありますが、聖人関係の資料がたくさん展示されており、聖人をもう一度見直す機会ともなるでしょう。浄土真宗の法t燈が脈々と受け継がれてきたことが感じられます。

また、「ベゼクリク石窟寺院復元展示」は、注目すべきものだと言えるでしょう。各国に散らばっている資料をつなぎ合わせ、ディジタル技術で復元するという興味深いもので、その回廊の復元展示には圧倒されます。

機会があれば、ご覧になることをおすすめします。

参照 龍谷ミュージアム