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2010年11月

2010年11月30日 (火)

尼講旅行

11月28日。尼講の旅行で京都へ。

大谷大学博物館見学

御真筆の48願段の抜き書きも見せていただきましたが、皆さんの関心の中心は伝絵だったようです。出口(入り口?)近くのモニターでの伝絵の説明がよく分かると、見入っておられました。

学生ガイドさんにもお世話になり、参加者の方が、ガイドさんを励ますシーンも。

行きのバスで、親鸞聖人の紹介DVDを流していたので、展示に親しみを持っていただいたようです。

駐車の手配をしていただくなど、博物館の皆様、ありがとうございました。

次は、六角堂参拝。親鸞夢告のお寺。聖徳太子ゆかりのお寺である。本堂が六角

であるところに関心が集まっていたようです。親鸞聖人の御像もありました。

レストランキエフでロココカフェ。食事と川村妙慶さんのご法話です。

珍しいロシア料理のコースに舌鼓。

その後、妙慶さんのお話。皆さん熱心に聞いておられました。

前後に時間の余裕がなく、もう少しゆっくりしたかったかもしれません。

妙慶さん、キエフの皆さん、ありがとうございました。

渉成園。入場の締め切りぎりぎりで、皆さんを慌てさせてしまった感じで、すみませんでした。駆け足での参観になりましたが、美しいお庭を味わいました。

その後、東本願寺へ。御正忌報恩講の最終日で、本当なら、結願日中にお参りを、とも思っていたのですが、問い合わせたときに、満堂が予想されるので、早めに来た方がよい、と言われ、出発時間を考え、断念。板東曲のお勤めには、一度お遇いしたいものです。

阿弥陀堂で、公開シンポジウムが行われており、浜田晋さんや湯浅誠さんがご登場でしたが、時間の関係で、しばらくその場に座っただけでした。

このような催しを開催できるお東さんの体力と、企画力は、うらやましい限りです。

無事、楽しい旅行も終わりました。

参加者の皆様、ありがとうございました。

都合で参加できない方が出ても、参加者をさがしてきてくださる、皆様のパワーで、正善寺の尼講も、発展させていきたいですね。

講中以外からの参加の方も、これを御機縁として、阿弥陀様にお遇いいただきたいものです。

2010年11月28日 (日)

尼講中旅行

本日、尼講中の旅行で、京都に行ってきます。

楽しい旅になるとよいですね。

親鸞聖人のご命日です。

749回忌になるのですね。(こういう言い方があるのかどうか…)

2010年11月27日 (土)

本山 法話

本日本山の御正忌報恩講の日中にお取り次ぎのご縁を結ばせていただきます。

午後10時より勤行、その後法話。

今日は、日中、逮夜、初夜、後夜と勤まります。皆様御仏縁にお遇いいたしましょう。

11月28日(日)が親鸞聖人のご命日です。

親鸞聖人の御恩に思いを寄せていただきたいと思います。

2010年11月24日 (水)

親鸞 「イヤな自分」を克服する本

川村妙慶さんの新著『親鸞 「イヤな自分」を克服する本』を拝読中。

詳しくは読了後に。

副題に「人生の「迷いを断ち切る」言葉50」とあり、御聖教の言葉とそれをかみ砕いた言葉を掲げ、それについて一つ3ページ程度の文章が載せられている。

なにも「イヤな自分」の克服だけを目標にせずとも、人生の指針としてこのご本を手にとってもよいし、身近なところからの真宗入門書としてこの本を手にとっても良いだろう。

妙慶さんの肉声が伝わってくるような印象がある。

サムシンググレート

真城義麿さんの「幸せの見つけ方」というCDを聴いている。

その中で、村上和雄さんが言う「サムシンググレート」を紹介している。

「福井新聞」の「心のしおり」で藤栩霊昌さんも「サムシング・グレート」と題してご法話されている。

「心のしおり」では、「アミダと名付けるサムシング・グレートを含む絶対無限のはからい」とあるので、必ずしも村上さんの言葉をそのまま使っているのではないのかもしれない。

村上さん自身は、ある特定の宗教の枠組みの中で、その宗教の神を「サムシンググレート」に想定している節もあるようなのだが、科学を超えた、生命の「サムシンググレート」としか言いようのないものの存在は、確実にあるような気がする。

他力は本願力なのだが、人知を越えたところの何かのお働きによって、人間や生命は支えられており、それを見落としていては、人間社会だけの限られた知見による偏狭な価値観で生きていくことしかできないのだろう。

それぞれに「サムシンググレート」は想定されて良いのかもしれないが、まさしく「サムシング」としか言いようのないお働きに気づくことが大切なのであろうと思う。

永代経終了

11月23日(火) 正善寺の永代経が無事終了いたしました。

多くの方にご参詣いただき、ありがとうございました。

年番の方々、法中の方々、本当にお世話になりました。

(施本も何とか間に合いました)

ご法話も日中・逮夜と二回に分けて、親鸞聖人が、阿闍世をどう捉えられたのかということをお話しいたしました。

仏説観無量寿経や教行信証のお言葉をたくさん紹介いたしましたが、ちょっと難しい内容を含んでいたにもかかわらず、熱心に御聴聞いただき、ありがたく思っております。

自分のお寺でお話しするのは、なんだか気恥ずかしくもあり、やっぱりホームグランドでお話をしているという安心感もあります。

2010年11月22日 (月)

親鸞なう 血脈と法脈

真宗十派を血脈(東西本願寺 親鸞聖人の子孫が継承)と法脈(他の八派 親鸞聖人の弟子が継承)とに分ける。

いわゆる越前三門徒といわれる三門徒派・誠照寺派・山元派については「鎌倉時代後期に東海地方から流入した教えが起源」とし、「何度か分裂を重ねた末に最終的に3つの宗派になった」(金龍静さん)との記述。

これで、理解できるのだろうか?

越前三門徒という言葉も出てこないのだが、どうだろう?

これについては、真宗教団連合HPの真宗三門徒派 専照寺の次の記述がよく分かりそうだ。

また、三門徒の謂れは、横越の證誠寺、鯖江の誠照寺、中野の専照寺が相対して存立されていたので、世の人々はこれを三門徒衆と称したとされています。

福井では、一般的に使う言葉だと思うので、取り上げられた方が理解が進むのではないだろうか。

また、和讃を大事にしたので、「和讃門徒」といわれたところから「讃門徒」といわれるようになったともいわれる。

ついでにいえば、仏光寺派と興正派の関係も、この記事ではよく分からない。

蓮如上人が、現在の本山の概念を作ったという指摘も、私には根拠がはっきりわからなかった。

真宗に十派あるということも、なかなか理解されていない状況もあるように思う。

そういうあたりをもっと伝えていただきたいと思うのは、私だけなのだろうか?

「親鸞なう」のページで、すでに昨日今日の記事がアップされています。興味のある方は、こちらをどうぞ。

明日 永代経

明日23日は永代経をお勤めいたします。

よろしくご参詣くださいますようお願いいたします。

施本、ひょっとすると間に合うかもしれません。

手違いで違うものが届いたのですが、間に合うように届けると連絡がありました。

ごたごたして、申し訳ありません。

今一度お知らせを。

永代経

 11月23日(火) 

  日中 午前10時より(内勤め) 

      勤行 仏説阿弥陀経

  逮夜 午後3時より(村国山元派寺院結集)

      勤行 仏説観無量寿経

  説教 住職

2010年11月21日 (日)

本山證誠寺 御正忌報恩講 法話

本日本山で法話のご縁をいただきました。

資料を作っておきましたが、話がだいぶずれてしまい、聞いている方はどこを見るか混乱してしまったようです。すみません。

親鸞聖人と阿闍世についてのお話が中心になりました。

正善寺の永代経で、施本として予定していた本が、手違いで間に合わなくなりました。これもお詫びいたします。

23日は永代経です。よろしくお参りください。

涅槃経の教え

古田和弘さんの「涅槃経の教え」を読了。

帯(とはいいながら、カバーにすり込み)の言葉に惹かれました。

父を殺し、母をも殺そうとした阿闍世。

その阿闍世を「わたし」と受けとめられた親鸞聖人。

阿闍世に救いはあるのか?「如来」とは?「衆生」とは?

「わたし」とはどのようなものなのか?

阿闍世への関心から読んだのだが、あまりなじみのない「(大般)涅槃経」というものについてわかりやすく書いてある。

衆生は救われるのか?仏性とは何か?

いろいろと教えていただいた。