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2013年3月

2013年3月28日 (木)

きのう届いたもの

昨日届いたもの。

仏教DM(はがき伝導)

伊豆からおはがきが。

煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします

                                    (歎異抄後序)

この親鸞聖人のお言葉を元に。(この部分は、親鸞聖人の仰せの言葉)

お伝えありがたく思う次第。

はがきには、法話会・研修旅行・コンサートのご案内も。

活発に布教活動をなさっている様子が伝わってくる。

金沢より法話会の案内。

御講師もすばらしく、すべてを御聴聞することはできないかもしれないが、御法座に連なりたいという気持ちが高まる。

正善寺からのお知らせ 

尼講 4月24日(水) 午後7時より

正信偈のおつとめ・法話・お茶とお菓子でおしゃべり

新しいお仲間のご参加お待ちしております。

蓮如上人に関連する回(蓮如講)となります。

2013年3月27日 (水)

自分をちょっと休めるコツ

川村妙慶さんの「自分をちょっと休めるコツ」を読む。

鎌田實氏の「がんばらない」ではないが、私たちはむやみにがんばってしまいがちなのかもしれない。

「がんばる」は「我を張る」に通じ、実はとらわれを表す言葉だともいわれる。

「我」のことしかみることができない状態での「がんばる」は、あんまり良いことではないといえるのだろう。

表紙には「がんばりが空回りしているあなたに」との言葉もある。

疲ればかりがたまっているときの効果的な解決方法が「自分を休めること」

いわれてみればその通り。でも上手に休めない!と思っている人が多いのではないか?

間違った解釈やこだわりなどの「ムダな考え」をやめること。

「がんばる」は「ムダな考え」にとらわれることとも言える。

そこから離れるには?

そういうことを、実際の生活の場面に起こりがちなことを通して、解決のヒントを満載している本。

ただ、単なるノウハウではなく、その底流には、仏教の、そして親鸞聖人の智慧がある。

2013年3月26日 (火)

日曜はがんばらない

24日日曜日に三浦明利さんが文化放送「日曜はがんばらない」にご出演。

残念ながら文化放送は福井では聴くことができない。(聴けるとすると、雑音混じり?)

番組HPから聴くことができるようになっている。

御和讃のお話が興味深い。(恩徳讃を特に)

明利さんのことを知りたい人も、どうぞ。

小さい頃から、お坊さんにあこがれていたそうな・・・・

「ありがとう」に込められた思いも必聴。

「がんばらない」の鎌田實さんや長くNHK でご活躍であった村上信夫さんとご一緒。

2013年3月25日 (月)

ご法事にて

昨日はあるおうちのご法事をつとめる。

ご両親が亡くなって、跡継ぎさんは関西地方に在住。

いずれこちらの家は引き払うということで、ご親戚がこの家に集まるのは最後かもしれないと。

記念写真なども撮られる。

ある心理学を学ばれた方から、ご法事のグリーフケア的な意味合いをアンケートによって明らかにした論文をいただいた。

心理学の詳しいことや、数値の分析のことはよくわからないが、法事がグリーフワークの一端を担っているということは、私にとっては非常に心強い。

その中で、遺族が集まるということが悲嘆緩和に有効とある。(ほかにもあるが・・・)

親族を亡くされたのだから当然悲しみを共有しておられるのだが、非常に明るく法事を営まれる。

施主さんの人柄もあり、細かい心遣いと、参加者に楽しんでいただきたいというお気持ちがこちらに伝わってくる感じ。

皆さんも、法事・お齋と、実によくお話をされ、にこやかである。

法事とはいえ、こちらも楽しい気持ちにさせられる。

こういうご法事をつとめると、親族が集まる場としての法事の効用って、大きいものなのだろうと感じる。

法事を小さく簡単にと思っておられる方が多くなってきているように思うが、こういう場としての法事の意義も、頭に置いておくべきなのだろうと思う次第。

2013年3月23日 (土)

漫画歎異抄

いろいろと読みかけの本はあるのですが、漫画は一気に読んでしまいます。

『漫画歎異抄』(作 岡橋徹栄 画 広中健次)を読みました。

元になる本を紹介する漫画というのは、ともすれば内容が薄かったり、自分の印象と違っていて、元の本のイメージを損なったりということがありますが、この本は、脚色があったり、おもしろさを出したりする部分はありますが、『歎異抄』の内容をきちんと伝えることができているように思います。

原作者の『歎異抄』理解が、とても深いところに到達しているのだと思われます。

「あとがき」に書かれていることですが、あるお寺の前住職が亡くなる前、『歎異抄』を読んでくれとお求めになり、涙を流すことが重なったのだそうです。

それを聞いて、岡林さんはご住職(義弟に当たられるそうです)になぜ『歎異抄』だったのかと尋ねられた。

そのお答えが「ありがたかったからじゃないですか。」

それまで教科書としてしかみていなかった岡林さんに、そのお答えが引っかかったのだそうです。

詳しくはご本に譲るとして、岡林さんにとって親鸞聖人の肉声を伝える書としての『歎異抄』との出会いであったのでしょう。

(『歎異抄』は唯円房の作とされていますが、親鸞聖人はご自分でご自分のエピソードは語られなかったので、『歎異抄』は、聖人の発せられたお言葉がそのまま書かれた(部分を持つ)唯一の書であると思われます。)

一読に値する本だと思います。

真宗教団連合HP

昨日は東本願寺で、会議。

真宗教団連合のHPについて。

親鸞聖人を訪ねて」は、聖人750回忌に当たって作成されましたが、そこのさらなる充実のためにいわゆる二十四輩という関東の親鸞聖人ゆかりの史跡(お寺)の掲載を充実しようと。(もちろん、いくつかのお寺はすでに掲載されています。)

以前からその計画はあったのですが、東日本大震災のこともあり、休止状態でした。

二十四輩について

二十四輩(にじゅうよはい)は、親鸞の関東時代の高弟24人と、その24人を開基とする寺院のこと。 

全国に3巻現存する「二十四輩牒」が元となっている。時代が下り、親鸞の教えに背き誤った教義を広める者が増えたため、本来の教義を広め伝えるために、正しい教えを受け継ぐ直弟子を選出したものといわれている。数多い門弟から24人が選ばれた基準や経緯は不明な点も多く諸説あるが、いずれにせよこの24人が、関東における布教の上で重大な地位を占めていたことは間違いない。(ウィキペディアより)

二十四輩のお寺、私は1,2か寺しか訪れていないので、機会を見て親鸞聖人の足跡をたどりたいと思っていますが、HPが充実すれば、その大いなる助けとなるでしょう。 

期待は大きいところです。 

正善寺からのお知らせ 

尼講 4月24日(水) 午後7時より

正信偈のおつとめ・法話・お茶とお菓子でおしゃべり

新しいお仲間のご参加お待ちしております。

蓮如上人に関連する回(蓮如講)となります。

2013年3月21日 (木)

正善寺彼岸会のことなど

昨日は正善寺の彼岸会

実は地区の集会が同時刻に行われていたので、少し寂しい彼岸会になるのでは?と危惧しておりましたが、準備していたいすが全部埋まり、座布団にお座りの方もいらっしゃるほど、お参りいただきました。

御講師にも、前もって、お参りが少ないかもしれません、とお話ししていましたので、望外の喜びとなりました。

いつもの尼講の形式で、真宗宗歌・正信偈のお勤め・お文・法話・恩徳讃と。

御法話はご案内のごとく泰円澄一法師。

出雲路派の方で、派は違いますが、お寺も同じ校区内。お寺の規模もよく似ており、寺のあり方についてとか、御門徒さんとの関わりについてとか、考えていらっしゃることがかなり私と共通しているという感じを受けました。

非常にわかりやすく明快なお話で、御門徒さんからも、いいお話であったとお聞きいたしました。絵本についてのお話も、心にしみるものでした。

このようにありがたいご縁を彼岸会で結ばせていただき、お参りいただいた方々に感謝するばかりです。

午後からは本山彼岸会に出勤。

本山彼岸会は今日(3月21日)も勤まります。

こちらのお参りもよろしくお願いいたします。

2013年3月20日 (水)

本日彼岸会

本日は正善寺の彼岸会です。

彼岸会(兼尼講) 

3月20日(水) 午前10時より 

正信偈のお勤め 

御法話 真宗出雲路派長慶寺副住職 泰円澄一法師

皆様どうぞお参りください。

昨日のお取り次ぎ、お経の言葉について質問あり。

話のストーリーに沿った解釈を私は話したのだが、質問をされた方の解釈の方がお経の言葉自体の解釈としては適当であったかと。

事前の調べ方に問題があったかと反省中。

これもお育てのうちと喜ぶことに。

2013年3月19日 (火)

本山お取り次ぎ

本山證誠寺彼岸会の1日目。

勤行のあと、お取り次ぎをさせていただきました。

お彼岸の説明と、以前お話ししたことがある第3願悉皆金色の願についてを組み合わせてのお話。

お取り次ぎとして、いいか悪いかよくわかりませんが、話の途中でご質問があったり、お話が終わったあと、寺務所でも質問が・・・

私としては、こういうご質問は歓迎です。

真宗には、談合という形態もあるので、膝つき合わせて御門徒とお話しするというのは、ある意味真宗らしいといえるのかもしれません。

実は密かに、お話ししたあと、談合(座談会)みたいにしてみたいと考えたりもしていたので、御門徒の方から私にその形を投げかけていただいたように思います。

本山の彼岸会は、明日・明後日と続きます。どうぞおいでください。

明日は正善寺の彼岸会(兼尼講)です。

彼岸会(兼尼講)

3月20日(水) 午前10時より

正信偈のお勤め

御法話 真宗出雲路派長慶寺副住職 泰円澄一法師

泰円澄師は2月に京都で行われた真宗合同布教大会にご出講になるなど、布教活動を展開しておられます。

絵本を使われての御法話スタイル。

興味のある方は、案内のあるなしにかかわらずお参りください。

2013年3月18日 (月)

お坊さんの1日1分説法

彼岸寺著「小さな心から抜け出す お坊さんの1日1分説法」を読む。

彼岸寺は超宗派のWEB寺院。そこに集まるお坊さんたちが書いた本。

全部で6章あり、それぞれ一人のお坊さんが担当。

他に「小さな心から抜け出すワーク」もあり、それを含めると7人のお坊さんの合作。

超宗派なので、それぞれのお坊さんのよってたつところも違い、アプローチの仕方に個性がある。

この多様性が、本書の特徴の一つなのであろう。

読んでいて、バラエティに富み、気づきがここかしこにある感じ。

ほとんどの項目が2ページの見開きにまとめられているので、読む人の関心によって、1冊通して読むこともできるし、1つの説法を取り出して読むこともできる。また、章ごとに読むのも一興だろう。

お会いしてお話を聞いたことのある方も何人かいるのだが、英月さんの章はその中でも異彩を放っているように思う。

「第5章 出会いと別れの中で生きていくために」が英月さんのご担当。

たとえば、次の文章は、英月さんの筆が自由自在に動いていることを感じさせる。

複数の人とつきあってしまうことを悩む人がいますが、「つきあう」の定義は人それぞれ。「縁が整って初めて出会いがあり、人間関係が成立する」というように、たとえあなたが何十人とつき合おうと、その関係が成り立っているのなら、それは双方にとって、取り立てて問題ではありません。なんて、ちょっぴり暴言ですね。(中略)

実は、この「不安」は、あなたの問題を解決するためのギフトなのです。

                  (「思い込みという『我』と向き合う」)

実は重い論題なのだが、英月さんにかかると自由自在・融通無碍といった書きっぷりとなる。

ほかにお得意の写経についても担当されていて、これも非常におもしろい。

なお、英月さんについては『週刊朝日百科 仏教を歩く 親鸞』にも、写経についてのお話が掲載されている。

写経についての堅苦しいイメージはこれによって払拭されるのではないだろうか。

他の6人の方の文章も、示唆に富む、学ぶところの多いものであることは言うまでもない。

お知らせ

正善寺彼岸会

3月20日(水) 午前10時より

正信偈のおつとめ 御法話(真宗出雲路派長慶寺副住職 泰円澄一法師)

春季彼岸会(本山證誠寺)

 3月19日(火)~3月21日(木) それぞれ午後2時より(逮夜)

それぞれ、どうぞお参りください。