日記・つぶやき Feed

2010年8月17日 (火)

幽霊

お寺にいると、時折お墓が怖くないですか?とか、幽霊は出ませんか?と聞かれることは確かにあるのです。

少し古い記事ですが、あるブログに書いてあったのを見て、やっぱりこういう質問は多いのだなと改めて思いました。

怪談や幽霊の話が盛んな夏には皆さんの話題としてものぼっているかもしれませんね。

幽霊やお墓に関する疑問にきちんとわかりやすく浄土真宗的に答えておいでです。

興味のある方は、読んでみてください。

しかし、この方のおっしゃるように「幽霊より人間がこわい」というのは、ホントにそうですね。

お寺という場所

昨日お盆ということで、久しぶりにお寺に来られたおばあさんがおられた。

本堂に入っていただき、少しお話をさせていただいたが、昔のお寺の思い出を語っておられた。

子供の頃よくお寺においでになったこと。

その頃はお寺の境内が広くみえたこと。(うちはそれほど大きなお寺ではありませんが)

お寺というところが、人にとって記憶の中に大きく残っているところなのだと感じました。

以前に比べると、境内で遊ぶ子供、仏さまにお会いする子供が少なくなったことは確かです。

お寺の怠慢もあるのでしょうが、お寺がもっと人をつなぐ場でなければ、と思った次第。

2010年3月15日 (月)

750回大遠忌

13日土曜日、福井のフェニックスプラザで親鸞聖人750回大遠忌法要があった。

福井の本願寺派のお寺の集まりで主催されたということ。

本願寺の法要のお待ち受けの意味もあるようだ。

他派の法要であるけれども、親鸞聖人を讃仰する方々がたくさん集まって、このような大規模な法要を催されるのを実際に見て、聖人の残されたものが多くの人々に受け継がれていることを感じる。

多くの人が参加しての讃仏歌のコーラスもいいものであった。

記念講演は五木寛之氏「親鸞聖人とその時代」

近著に「親鸞」があり、蓮如や歎異抄に関する著作もある五木氏の講演は、ご自身の体験から、(福井との関連することもお話になった)蓮如上人、親鸞聖人とお話が進む。

五木氏の親鸞聖人のとらえ方というのは、ご自身の実感を裏付けにされているとってもヴィヴィドな親鸞聖人であるように思われた。

「福井新聞」にも簡単なお話の内容の要約があったが、詳しい内容については、どこかで公にされるのかもしれない。

2010年1月 1日 (金)

邪険驕慢悪衆生

今年も新年の幕開けとともに正信偈をあげさせていただきました。

親鸞聖人のお言葉をできるだけ私心を交えずに受け取っていきたいと改めて思う次第。

また、一人でも多くの方に、ともに聖人のお言葉をよろこんでいただきたいとも思います。

川村妙慶さんのブログに「邪険驕慢悪衆生」とある正信偈のお言葉について書かれていました。(詳しくは妙慶さんのブログでどうぞ)

今日、元日に仏さまや神様に手を合わせ拝まれた人は数多いと思いますが、(私の自己反省も含めて)自分中心の願いから手を合わせたのではないか?と自分の心に問うてみてはいかがでしょうか。

自分中心という思いからは、自分を見直すと云うことが見えてこないのではないでしょうか。

自分を阿弥陀様のみ光の中で見直すということが大切なのではないでしょうか。

あけましておめでとうございます。

新年あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いします。

ブログを読んでいただいた方、正善寺にお参りいただいた方、

そしてこれからブログやお寺でお遇いする方々、

ご一緒に念仏相続をいたしましょう。

2009年12月31日 (木)

大晦日

いよいよ後数時間で、平成21年も暮れようとしています。

今年、この「THE SHOUZENJI TEMPLE」を見ていただいた皆様に、ささやかながら感謝の意を表しておきたい気持ちです。

いろいろとお寺をめぐる状況も変わってきています。

変化の大きな時代故、ある意味ではその変化を受け入れていかなければいかない面もあると思います。

しかし、阿弥陀様のお慈悲や信心は変わることのないものです。

新しい年に、一人でも多くの方が御法に出遭い、阿弥陀様のみひかりを感じていただけるようになることを願ってやみません。

今年一年、本当にありがとうございました。

2009年9月18日 (金)

あるお茶会のこと

先日、ある御講師のお話のあと、御講師の発案で、参加された方々とお茶会があり、気楽におしゃべりをする機会を得ました。

いろいろな方がいろいろな思いで参加されていたことがわかり、有益な会だったと思います。

中に、ご自分の家は浄土真宗なので、真宗のことを知りたいと思って参加しているという方がおられ、少し真宗のお話をさせていただいたりしました。

家の宗教という言い方は、あるいは古いと感じる方もおられるかもしれません。

しかし、自分と関わりのある宗教について、知りたいと思うのは、尊いことであるなと思います。

親鸞聖人は、教えは私に向かって開かれているとお導きくださいました。

なくなった方を供養するのが真宗ではなく、今生きている私に向かって開かれているのです。

明日は、前住職の十三回忌法要を勤めますが、生きている私たちに何かを(仏さまの教えを)伝え、導くことが前住職の願いであり、それが還相の回向といわれるものであると思います。

明日は、皆さんとともに、仏の教えに出会うことをよろこびたいと思います。

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