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2011年10月

2011年10月13日 (木)

報恩講@興宗寺

昨日12日は母の実家、福井の興宗寺さんの報恩講の初夜に出勤。

出勤は親戚の方ばかりで、慣れ親しんだ雰囲気でした。

興宗寺は本願寺派なので、年に1度報恩講出勤させていただくのですが、お経本も違うし、節も違うし、うちの派ではほとんど勤めることのないお勤めで、お借りした本をたどっていくくらいしかできません。(しかも、足を捻挫していて、余間で椅子の出勤 なんだか申し訳ないような気がします)

年に一度遇わせていただく、お西の報恩講はある意味新鮮です。

ご法話は、御講師のお父様の(ご病気で声を失っておられる)声のないお勤めを聴かれて、御門徒さんのおひとりが、お念仏はいただかせてもらうものだと受けとめられたというエピソードに感動いたしました。

お念仏は阿弥陀様からの私たちへ向けられた呼び声。

そのことを気づかれたことは、大変すばらしいことだと思います。

味わい深いお話に出遇うことが出来、ありがたいことです。

2011年10月11日 (火)

佛性寺さん報恩講 おわりました

佛性寺さんの報恩講が終わりました。

正信偈真四句目下げというあげ方で正信偈をあげ、御伝鈔を拝読すると、やはり報恩講だなという感じが致します。

正信偈は、ふだんのお勤めは草四句目下げで、真四句目下げはお寺の報恩講であげるという感じでしょうか。

上がり下がりが多くて、難しいですが、御門徒の方々もお経本をご覧になってご一緒に正信偈にお遇いになっているのが、ご一緒にお勤めしていると感じられ、いいものだと思いました。

御伝鈔は、いわば親鸞聖人の御一代記でもあります。

古い文体で、前で拝読するのですが、御門徒の方々には、なかなか内容まではつかみにくいかと思いますが、親鸞聖人を偲ぶよすがとして大切なものです。

親鸞聖人に、ご一緒に思いを致しましょう。

2011年10月10日 (月)

佛性寺さん報恩講

本日佛性寺さんの報恩講です。

日中 午前10時 逮夜 午後2時

おまいりください。

2011年10月 9日 (日)

門徒の思い 寺の役割(9) 注及び再掲

皆様に7月9日付記事の記事についてお知らせいたします。

記事の内容に誤解を生むかもしれないと思われる部分があり、若干の注をつけさせていただきました。そこで、重なりますが、再掲させていただき、(注)をお読みいただきたいと存じます。元記事も再掲と同様になっております。

門徒の思い 寺の役割(9)

遅れている上に、見事に滞っている「親鸞なう」フォローを久しぶりに。

門徒の思い

真宗の教えを継承する人が少なくなっている。

そういう危機感が門徒さんのなかにもある。

そこを、自分には関係ないと通り過ぎるか、継承すべきと働きかけをするか。

門徒たちが自主的に始めた聴聞会「お浚(さら)い講」をまず紹介する。

あまり体系的に宗学やお聖教を学んだことがない私には、こういう学習会形式の集まりはよく分からないが、参加の門徒さんは、非常に熱心なようだ。

教えを求める真剣さ、大切なことだと思う。

「振り向けば、(教えの)バトンの受け手が少なくなっていた。今の危機的状況をどうすべきか、自らに問い掛ける意味があった」と言うのは、山田清人さん。

寺の配置や学習会の開催を提言していらっしゃるようだ。

寺の配置について、統廃合については、すぐにできるものではないと思うが、ある程度視野に入れておかなければならないことだと思う。

山田さんは「近くて便利な、コンビニ感覚で参加できる真宗の学習会が必要だ」と呼び掛けている。

お寺の数が、コンビニより多いのだそうだ。(注)

門を閉ざすのではなく、気軽に来ていただける場所。

そういうのが理想だと思う。

(注)

山田清人さんから、「親鸞なう」で、山田さんはこのようなことを述べていないとご指摘がありました。山田さんによれば、本願寺派寺院10279ケ寺、コンビニ上位5社 37919店舗だそうです。

 この部分は、私の感想の部分で、ある御講師のお話やウェブ上で見たものを元にしており、全宗派のお寺の数として述べています。統計上の確認をしているわけではないので、間違いであるなら、ご指摘いただければ幸いです。

山田清人さんが「親鸞なう」でおっしゃっているわけではありませんので、ご了解くださいますようお願いいたします。尚、記事にリンクをしてありますので、山田さんのご発言をご参照ください。

山田さんのご指摘には、深く感謝申し上げます。

2011年10月 7日 (金)

手話で聞法

西本願寺さんが、「手話で表す仏教用語」という冊子をまとめられたという。昨日の「福井新聞」で知る。

たとえば「すべての人を平等に救う阿弥陀仏(あみだぶつ)の願い」を意味する「本願」は、「仏さま」+「約束」で表現。他にも「聞法(もんぼう)」は「教わる」+「いただく」、「煩悩」は「悪い」+「心」で表した。

正確に仏教用語の意味するところが伝わるのかどうか、ちょっと疑問も感じるが、少なくとも耳の不自由な方のお聴聞にはいいことだと思う。

真宗宗歌」「恩徳讃」にも手話がついているそうだ。

2011年10月 2日 (日)

年回法要

本日は、東京の方に居られる方がお寺においでになり、年忌法要を勤める。

ご主人が亡くなり、一周忌であるが、奥様はまだ悲しみから抜け出ておられないようにも見える。

グリーフワークとかグリーフケアとか言われ、僧侶にはそういう悲しみと向き合うことが大切なのは承知しているが、実際にはお勤めをさせていただくこと以外には、大したことはできない。

そういうことを学びたいと思いつつ、お参りの方々を見送った次第。

知恩院で法然上人の大遠忌が今日から勤まる由。

お遇いしたいものだと思いつつ、遅く咲いた境内の彼岸花を見る。

報恩講

いよいよ10月になりました。

今日の朝のお勤めのとき、寒さでぶるっとしてしまいました。

暑い暑いという印象が強かったのですが、確実に寒さがやってきているようです。

風邪など引かぬよう、お気をつけください。

さて、昨日1日には、今年最初の御門徒さんのお家での報恩講が勤まりました。

正善寺は、少し遅めで、11月から12月に勤めるお宅が多いのですが、このお宅は毎年最初の報恩講。

ご主人が阿弥陀経や正信偈を筆で書かれます。

9月にお書きになった阿弥陀経が貼ってありましたので、見せていただきました。

真宗ではあまり写経を致しませんが、最近は阿弥陀経や正信偈を書いてみようという趣旨の本もいくつか出てきています。

文字として書いてみるのも、お経のことばが身近になるイイ機会かもしれませんね。

ご主人と報恩講のことをお話。

以前は(在家での)報恩講というと家ごとにお齋をし、ご近所の方やご親戚も来られたりと、かなり賑やかに行われていました。

今は、そこまでするお家は少なくなってきておりますが、報恩講は宗祖親鸞聖人の「報恩講」ですので、750回忌にもなる今年は、できるだけ多くのお宅でお勤めしていただきたいと思います。(750回忌にだけすればいいということでもありませんが…)

お齋をされるなどの特別なことをすることよりも、ご家族がそろってお仏壇にお参りし、親鸞聖人に思いを致すことが大切だと存じます。

今まで報恩講をなさっていないご家庭でも、負担になるようなことはなさらなくて結構ですから、仏壇の前でお勤めになってはいかがでしょうか。

お寺での報恩講ですが、

10月10日 佛性寺さん 

10月16日 浄徳寺さん 

11月3日 正善寺

と報恩講が勤まります。

本山證誠寺は11月21日~28日です。

正善寺の報恩講のお知らせは、もう少し近くなりましたら有縁の方々にお送りいたします。よろしくお願いいたします

御遠忌の方は、西本願寺さんと興正寺さんが今月お勤めになります。

参拝できる方はお遇いになってはいかがでしょうか。

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