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2011年5月

2011年5月12日 (木)

「思いやり今こそ」

宗教者災害救援ネットワーク」を立ち上げた大阪大学大学院准教授 稲場圭信さんの「毎日新聞」の記事。「心のページ:「思いやり」今こそ 稲場圭信さんが語る」のご紹介。

以前に「親鸞なう」で紹介された稲場さんの記事を取り上げたが、仏教でいう「利他(主義)」を「思いやり」というわかりやすいことばに置き換えて、発信しておられる。

大震災と宗教について、次のように述べられている。

大震災を機に日本が大きく変わろうとしている今、宗教を豊かな可能性を秘めたソーシャルキャピタル(社会関係資本)として見直すことができると思います。

宗教というのは個人的な内面的な問題として信心を語り、信仰を語るけれども、(それはそれで大きな意味はある) こういう視点はなかなか持てずにいるのかもしれない。考えなければいけないところだろう。

 宗教には、地縁、社縁、血縁を失った人々、初めて出会う人々の間に新しい縁を作っていく可能性がある。苦難にある人を思いやり、苦により添うのが宗教。

これからの宗教の役割として、このように述べられている。

無縁社会ということばが現代社会を象徴することばとして取り上げられるが、仏教は縁を大切にする。

思いやり(=利他)の実践と、新しい縁を紡ぎ出すこと。

このあたりに仏教の求められている働きがあるような気がする。

2011年5月 8日 (日)

涙をぬぐつて働かう

涙をぬぐつて働かう   三好達治

忘れがたい悲しみは忘れがたいままにしておかう

苦しい心は苦しいままにけれどもその心を今日は一たび寛がう

みんなで元氣をとりもどして涙をぬぐつて働かう



最も悪い運命の台風の眼はすぎ去つた

最も悪い熱病の時はすぎ去つた


すべての悪い時は今日はもう彼方に去つた

楽しい春の日はなほ地平に遠く


冬の日は暗い谷間をうなだれて歩みつづける

今日はまだわれらの暦は快適の季節に遠く

小鳥の歌は氷のかげに沈黙し

田野も霜にうら枯れて

空にはさびしい風の声が叫んでゐる



けれどもすでに

すべての悪い時は今日はもう彼方に去つた

かたい小さな草花の蕾は


地面の底のくら闇からしづかに生まれ出ようとする

かたくとざされた死と沈黙の氷の底から

希望は一心に働く者の呼声にこたへて

それは新しい帆布をかかげて

明日の水平線にあらはれる


ああその遠くからしづかに来るものを信じよう

みんなで一心につつましく心をあつめて信じよう

みんなで希望をとりもどして涙をぬぐって働かう


今年のはじめのこの苦しい日を

今年の終わりのもつと良い日に置き代へよう




宮本信子さんが紹介されている詩です。
三好達治の詩ですね。

仏教の大切な考え方の一つに「諸行無常」があります。

簡単に言うと、いつまでもそのまま続くものはないと。

忘れがたい悲しみも苦しい心もいつまでもそのまま続くものではありません。

そのときは悲しく辛くとも、移り変わっていくものなのです。

悲しさやつらさの中には希望の蕾がきっとあるのですね。

2011年5月 7日 (土)

親鸞展 図録

親鸞展の図録が真宗教団連合から送られてきた。

一度京都市美術館を訪れてみてきたが、展示品の入れ替えもかなりあるようで、もう一度見てみたいと思う。

図録で予習してから行けるといいのだが・・・どうなるか?不明です。

(11)復興に向け

「親鸞なう」「(11)復興に向け」は、宗教学者山折哲雄さん。

この方の「親鸞をよむ」(岩波新書)は、すばらしかった。

ご出身が東北、親戚知人も多いということで、TVで震災後の東北を訪れる姿が流されてもいた。

山折さんは「地獄」「無常観」を軸に震災を語る。

特に「無常観」を強く述べる。

 「メディアを通じて見る被災者の表情が、非常に穏やかだ。心の底では怒り狂い、悲しみ、苦しみ、のたうち回っているような方々でもそう見える。外国の巨大災害では、被災者の表情は怒っている。日本人との対照性は何だろうと思った」。被災者の穏やかな表情の中に日本人の無常観を見ている。

 「無常観は日本人の可能性ではないだろうか。自然と柔軟に対応しながら、粘り強く生きていく。穏やかな表情こそが再建の道を歩んでいく重要なエネルギーになっていく」

無常観というと私たちははかなさと結びつけてしまいがちだ。

もちろんはかなさとの関係は深いが、「日本人の可能性」「再建の道を歩んでいく重要なエネルギー」と積極的に捉えるところが、新鮮で意義深く思われる。

(10)縁起の教え

「親鸞なう」「(10)縁起の教え」は上田紀行さんが登場。

文化人類学者だが、「癒やし」を考え、「お寺ルネッサンス」「仏教ルネッサンス」として、お寺や仏教に関する発言も多い方。

「日本の仏教はありがたい話をするだけで、実際に苦しんでいる人たちに何もしないというイメージを持たれている。教えが実践に結びついているのか、いま問われている」。

冒頭のこの言葉は、現在の仏教、お寺の在り方の問題点を鋭く突いている。

お寺や僧侶のネットワークや実地の活動に対しては、この方はエールを送ってくれている。

「東南アジアの貧しい子どもたちの教育支援、自殺やホームレス問題、ハンセン病救済などに携わる僧侶たちが、そこでの経験を生かして自発的に動いた。何としても救いたいという慈悲の心が僧侶たちの根底にある」

僧侶達が慈悲を体現するということに対しては非常に好意的だ。

ある意味、慈悲の実践の在り方が僧侶に問われているのかと思う。

「今回の震災での死者、行方不明者数は2万6千人以上に上っている。とんでもない災害だと思っていたが、震災に近い数の人が毎年自ら命を絶っていることに気付き、ハッとした」

震災の傷跡を地獄と呼ぶなら、私たちの社会にはまさに地獄が存在しているのかもしれない。

震災は現象として我々に直接訴えかけるが、年間3万人を超える人が自死しているこの社会の闇は深い。

「私たちがご先祖様として、次の世代にどのような社会を残していくのか。『前』との縁起を説く必要もある」

 「ご先祖様に感謝しながら、子どもたちの未来をつくりだしていく。両方が縁起の考え方だと思う。今の社会のどこがいけないのか、みんなで考えなければいけない。未来をつくることは、被災者の救済につながっていく」

私たちは「縁起」を仏教の根本だとして大切にするが、確かに「後ろ」との関係でばかり説いている。

「因縁生起」を略したものが「縁起」だが、原因と結果について考えを致せば、未来へのご縁も当然視野に入れなければならないだろう。

仏教の陥穽を鋭く突く発言だと言える。

余談なんだけれど、この人の奥さんはNHKアナウンサーの武内陶子さんだと初めて知った。ちょっとびっくり。(無知?)

(9)親鸞の教え

「親鸞なう」の「(9)親鸞の教え」は、本願寺派総長の橘正信さんを取り上げる。

 「生きるとは、お互いに支え合うことだ。みんなに支えられていると感じることができれば、被災者の方々は『よし頑張ろう』と思えるのではないか」。

「人は1人で生きているわけではなく、命はみんなで共有しているものだ。だから、人の痛みは私の痛みであり、人の悲しみは私の悲しみになる。悲しみ、苦しみを共有するという『同悲同苦』を教えてくれるのが仏法だ」

「念仏とは仏の知恵と慈悲だ。念仏を通して自分の愚かさに気付かされたときに、慈悲の心をいただき、本当に悲しみを分かち合う心が起こる」

「悲しいけれど、つらいけれど、この命は生かされている。念仏は悲しみ、苦しみを取り去ってくださるものではない。しかし、この無常の世を生きるエネルギーを与えてくださるものだ」

「ナモアミダブツとは、『生かされた命だから大切に生きてほしい』という仏の呼び声だ。念仏の大切さを、もう一度みんなで共有しなくてはならない」

橘さんのことばを列挙してみた。

念仏者として、問われていることの多いことに気づく。

2011年5月 5日 (木)

(8)寺のネットワーク

「親鸞なう」の「(8)寺のネットワーク」は「宗教者災害救援ネットワーク」を立ち上げた大阪大学大学院准教授 稲場圭信さんの活動を紹介。

何はともあれ、フェイスブックの「宗教者災害救援ネットワーク」をご覧いただくことをおすすめする。

ここには、今ここでの被災者救援の姿がある。(「親鸞なう」の記事はご愛敬?)

稲場さん自身が阪神の震災の体験から、情報交換や連携のもどかしさを感じ、インターネットを使い、スムーズな連携と情報交換に取り組む。

この方の研究や取り組みは注目されてしかるべきだと思う。

(7)歌とお経

「親鸞なう」の「(7)歌とお経」は、ヒナタカコさんを紹介。ミュージシャンで福井出身。

この方の名前は知っていたけれど、出身がお寺で得度を受け、寺を継ごうという意志を持っておいでだと知って、驚いた。

得度を通して、音楽と宗教が近いものだと感じられたという。

 「音楽を通して伝えたい自然や命といったテーマを、何世紀にもわたって伝えているのが仏教だと思う。それをより知ることで音楽の世界が深くなると思った」。長い長い歴史の中で果てしない数の人たちに唱えられてきたお経は「これ以上ないポピュラーソング」。

お経に込められた教えをどう捉えるかというあたりの問題もあるだろうが、この捉え方の中には、伝えるということに関して大事なものが示唆されている気がする。

「生きる意味って何だろう、このままなら死んでしまいたい、という人もいると思う。こんな時にこそ命を救い、心の支えになるのが音楽や宗教だと信じたい」

「歌を口ずさむことで、またお経を唱えることで、自分の中の弱い部分や負けてしまいそうな心を立て直していたのだと思う。音楽も宗教も今すぐに傷ついた人を助ける手だてにはならないかもしれないけど、心の栄養を与えるような役割が果たせるのでは」

ヒナさんの発言の中には、一般の人々に教えが受け入れられるための大事なところが指摘されているのかもしれない。

この方の曲をそれほど聴いているわけでもないので、確実なことは言えないのだが、詞自体に宗教的なメッセージを込めているわけではないようだが、(詞も引用されているのだけど、私には明確な宗教的メッセージだとは思われない)ヒナさんの存在すべてが、宗教的メッセージであるのかもしれない。

参照 ヒナタカコさん公式HP

    blog 福井新聞の表紙特集「親鸞なう」に掲載されました。

仏光寺派の宗祖親鸞聖人750回大遠忌に今月21日にライブをされるそうです。スケジュール

ちなみに20日川村妙慶さん 26日釋徹宗さん 27日姜 尚中さんと、講演の講師陣はすばらしいです。京都がもっと近ければ、と思ってしまいます。

(6)無縁遺骨受け入れ

「親鸞なう」の「(6)無縁遺骨受け入れ」は、黄檗宗の寺院「國泰寺」(勝山市)前住職の乾隆俊(いぬいたかとし)さんを紹介。

 今回の大震災の惨状を、鎌倉時代に鴨長明が著した「方丈記」の記述と重ね合わせている。方丈記は、大地震のありさまを海が傾いて陸地に浸水し大地は裂けて水が湧き出し、都の付近では被害のない建物はないと伝える。また、京都の道ばたに4万2千人を超える遺体が放置されるような飢饉があり、僧侶が遺体を見つけるたび額に文字を書いて仏縁を結ばせたと記している。
 「方丈記」に書かれているようなことが、現実に、目の前で起こっている。

ちょっと「方丈記」に反応したい。

以前に親鸞聖人の生きておられた時代に災害が多かったということに触れたが、「方丈記」には安元の大火・治承の辻風・養和の飢饉・元暦の地震などの災害についての記述がある。

いずれも親鸞聖人十歳前後の頃都を襲う災害であった。(聖人は九歳で得度)

なにがしかの関わりが親鸞聖人の身にも及んだのだろう。

上の記述は、養和の飢饉と元暦の地震の記述を踏まえているのだろうが、聖人の生きた時代はまさにこのような時代だったと言えるだろう。

今、東北で目にする現実は、聖人が目にしていた現実に通じているということかもしれない。

「気持ちが動転している被災者たちを元気づけ、亡くなった人のために念仏を唱えてほしい。それが僧侶の務めだと思う。自分に何ができるのか、何をするのがよいのか。それぞれが置かれている立場で、自分で考え行動すべきだ」

乾さんの呼びかけは、そのまま親鸞聖人の呼びかけと重なっているような気がする。

2011年5月 4日 (水)

(5)被災地の僧侶

大慌ての遅ればせの「親鸞なう」フォローです。

「(5)被災地の僧侶」は玄侑宗久さんを取り上げている。

本文中にも玄侑さんのプロフィールが触れられているが、臨済宗のお坊さんで芥川賞作家。仏教関連の著書も多く、生身の体験や感覚を通して仏教を語られている。

「中陰の花」を読んだときの感動は忘れられない。

必ずしも真宗的ではない部分もあるのだが、かえって真宗の教えがこういうところから来ているのだと気づかせていただけることばを、この人からいただいたことも多い。

時折足を運ぶ避難所には、家を流された人、原発から逃げてきた人、放射性物質拡散の影響で行方不明の身内の捜索ができない人…、さまざまな悲しみが横たわる。「玄侑さん、何か話してください」と頼まれることもあるが「不幸の形がそれぞれに違い、全員に向かって大上段に話せることはない」。僧侶として無力感を感じる。

被災地にはそれこそ多様な悲しみがあるのだろう。

その一つ一つに向き合うことは、不可能と言ってもよいのかもしれない。

無力感を突きつけられることこそ、この震災の大きな意味なのかもしれない。

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